腰痛体操をかんがえる
 

森健躬※


はじめに

 腰痛は、人間が二本の足で歩くようになったことと強い関連があるといわれています。それだけ、私たちにはなじみ深い症状のひとつといえるでしょう。
 この腰痛の治療法として、腰痛体操が普及してきました。
 しかし、各人の腰痛の原因や症状、程度などにぴったりあった腰痛体操のやり方について、医師や理学療法士から直接指導を受けられるケースは限られています。そのため、不適切な腰痛体操を行い、かえって症状を悪化させることが少なくありません。
 そこで、ここでは腰痛体操が有効なのはどのような腰痛なのか、安全に実施できる腰痛体操のやり方、日常生活でできる腰痛解消の工夫などを紹介していくことにします。

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腰痛体操が有効な腰痛

●急性の症状があるときは絶対にさける
 腰痛体操は、いろいろな原因の腰痛の慢性期の治療と、腰痛発生の予防を目的とします。
 いわゆる「ギックリ腰」といわれるような急激で激しい腰痛があるときは症状を悪化させてしまいますので、けっして行ってはいけません。

(1)姿勢性腰痛

 長時間同じ姿勢を続けていると、背中や腰の一部の筋肉が緊張し疲労してくるため、腰に鈍い痛みが起こります。これが姿勢性腰痛です。検査をしても異常が見つからず、ただ症状だけがあるということから「腰痛症」といわれることもあります。
 スポーツ選手を含めて、青年期の腰痛の大部分は姿勢性腰痛です。
 姿勢性腰痛の原因のひとつに、背骨をまっすぐに支えている脊柱起立筋と腹部の筋肉の筋力バランスの崩れがあります。したがって、筋肉のストレッチングや、背筋や腹筋強化を目的とする腰痛体操が効果的です。

(2)変形性腰痛症や腰部椎間板ヘルニアの慢性期

 変形性腰痛症は、年をとって骨が弱くなったり変形したために起こる腰痛です。また、椎間板ヘルニアは、骨と骨にはさまれた椎間板の一部(髄核)がはみ出し、それが神経を圧迫するために痛みが起こるものです。
 どちらの場合も急性期(痛みが急激に起こり激しいとき)には安静にしていることが必要で、腰痛体操を行ってはいけません。
 しかし、急性期の症状がなく、姿勢性腰痛と同じような慢性の経過をたどるときは、腰痛体操が有効です。

(3)リハビリテーション

 腰の部分のねんざや打撲などが原因の外傷性腰痛の場合、慢性期に入ってからも安静を続けていると、軽い筋力低下や筋肉のこわばりを起こすことがあります。急性症状が軽減したら、早めに腰痛体操を始めて筋力の回復に努めることがすすめられます。
 また、腰痛体操は腰痛を治療するための手術をしたあとのリバビリテーションとしても有効です。

(4)腰痛の再発防止

 痛みの発生原因が解消されないかぎり、腰痛は繰り返し起こりますが、腰痛体操は再発を防ぐためにも効果があります。

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腰痛体操の内容と問題点

●腰痛体操にはさまざまな方法がある
 腰痛体操の種類はただ一つということはなく、複数の異なった方法がありますが、その基本点ではほとんど変わりがありません。基本はつぎのとおりです。
@脊柱や股関節の動きをよくする。
A脊柱を支える腹部の筋肉と背中の筋肉のバランスをとるために筋力を強化する。

●症状や程度にあわせた体操を行うことが必要
 腰痛体操は、やる気があれば誰でもすぐに実行できますし、運動の強弱や内容を各人の症状や程度に合わせて自由にコントロールできるという利点あります。
 ここで注意したいのは、この利点が欠点となってしまっている場合も見受けられるということです。
 書籍や印刷物などでは、あらゆる種類の腰痛に対応できるように、多数の方法が列挙されているのが普通です。しかし、腰痛の原因や症状によっては、体操を行うことで、かえって症状を悪化させてしまうことがあります。また、腰痛体操の中には、症状によっては行ってはならないものや、医師や理学療法士による指導がなければ行うのが難しい体操もあります。
 腰痛体操を実施する場合には、まず、医師にかかって腰痛の原因を明らかにすること。そのうえで体操の種類、回数、頻度などについて具体的に教えてもらい、実施することが大切です。

●短期間で効果は現われない
 腰痛体操の効果が現われるには、始めてからしばらく時間がかかることがあります。
 日頃スポーツに親しんでいない人の場合、腰痛体操を始めて2週目頃に疲労を感じて腰痛が悪化したように思い、体操を中断してしまうことがあります。
 そのようなことをさけるためにも、効果はすぐには現われないということをしっかり認識し、あせらず、無理をしないことが大切です。

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腰痛体操のやり方

 一方、外来通院では腰痛体操を具体的に指導してもらえる機会が少ないという現実もあります。そこで、ここでは、専門家の指導がなくても実行できる簡単な体操を重点的に取り上げて紹介することにします。

●腰に不安を感じたら実行する
 ここで紹介する体操は、どこででもできるものが中心です。
 数種類の体操を1セットとし、同じ姿勢を続けていて腰が重くなったり、他の動作に移ろうとしたときなど、腰に不安を感じたら実行するようにすると続けやすいでしょう。
 一度に繰り返して行うのは、3回ぐらいを限度としておきます。

(1)背中や腰の筋肉を伸ばす体操

 腰痛は、多くの場合、背骨を垂直に支えている脊柱起立筋が過労で硬直していることから起こります。ですから、背中や腰の筋肉を伸ばして、リラックスさせる体操が腰痛体操の中心になります。

●屈曲(図1)
 いすに腰掛けたまま全身の力を抜き、へそをのぞきこむようにして上半身を丸めます。その際、両腕は下にたらします。筋肉のつっぱりを感じた位置で、20秒間静止します。つっぱりが軽くなったらもう少し上半身を丸め、そこで20秒からだを静止させます。
 上半身を曲げないで倒しただけにならないように気をつけましょう。
 また、呼吸を止めてしまうとリラックスできないので、呼吸しながら行うようにします。

図1
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●膝抱え屈曲(図2)
 いすに腰掛けて、片膝を脇の下にかかえ込むようにして胸に引きつけ、上半身は太ももにそって前方に曲げます。
 慣れてくれば、片足立ちでも実行できます。

図2
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●側屈(図3)
 いすに腰掛けて、腰痛がある側と反対側に上半身を横に曲げ、腰の筋肉を伸ばします。そのとき、腰痛がある側の腕を上げて、上半身と一緒に傾けるようにします。

図3
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●ねじり(図4)
 いすに腰掛けて、しびれのある脚を上にして膝を組み、反対側の手で膝を引きます。その際上半身は、しびれのある脚の側に軽くねじります。このとき、しびれのある側のおしりの筋肉が突っ張ることを意識しましょう。

図4
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(2)腹筋を強化する体操

 背中の筋肉と腹部の筋肉の筋力バランスの崩れは、姿勢性腰痛の大きな要因のひとつです。そのため、腰痛体操では腹筋の筋力強化が重視されています。
 腹筋を強くする体操としては、仰向けでの上半身起こしが指導されてきました。しかし、ふだん運動をしていない人がいきなり上半身起こしを始めると、かえって腰痛を悪化させてしまう危険があります。
 そこで、ここでは安全な腹筋強化のための腰痛体操を紹介します。

●座位腹筋強化(図5)
 いすに腰掛け、両脚を伸ばして太ももの外側の筋肉を緊張させます。このとき、つまさきを立てるようにします。
 体力があるなら、太もものつけ根から膝を伸ばしたまま両足を交互に上下させる「ばた足」をしてもよいでしょう。

図5
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●へそのぞき(骨盤回旋運動、図6)
 仰向けに寝て膝を立て、上体は床に密着させ、両手は腰骨のところにおきます。
 お尻の筋肉を引き締め、肛門を内側に引き込むようにします。
 へそをへこませながら、頭を持ち上げてへそをのぞくようなかっこうをします。
 このとき、慣れるまでは腰を少し浮き上がらせると、骨盤があごの方へ回旋して、正しい状態になります。慣れてきたらできるだけ腰を床につけて行うようにします。
 慣れれば立ったままでも簡単にできます。長時間立ち続けなければならないときには、立ったままでこの運動を繰り返して腰痛を予防することもできます。

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姿勢に注意して腰痛を防ぐ

(1)立っているとき

 立ち姿勢の基本は、下腹を前に突き出さないことです。頭の上につけた風船の浮力で上に引き上げられているようなイメージを持つと、自然に美しい姿勢で立つことができます。
 片足を交互に前に出したり、左右の足を開いて立つようにするのも腰への負担を軽くします。

(2)腰掛けているとき

 いすは、座面の高さが膝を直角にできるもの、深く腰掛けられるもの、背もたれの高さが肩甲骨の下まで届くものを選びましょう。
 座っているときは、デスクの下のバーか、なければ台を置くなどして、左右交替で足をのせるようにすると疲れません。ときどき足を組むのも腰痛防止に役立ちます。
 デスクは、腰掛けた状態で腕をおいて肩に負担を感じない高さに調節するとよいでしょう。

(3)畳に座っているとき

 膝に故障がなければ、日本式正座で座りましょう。あぐらをかく場合は、お尻の下に座布団をたたんではさむなどして、お尻の高さと膝の高さに10cmくらいの差をつくるようにすると、らくに座ることができます。

スポーツを上手に取り入れる

(1)スポーツをする利点

 腰痛体操は単純な体操ですから、あきてしまうこともあります。このような場合はスポーツをあわせて行うとよいでしょう。
 スポーツでからだの筋肉をまんべんなく動かせば、筋肉の緊張がほぐれて、腰痛体操の効果を高めることにもなります。

(2)スポーツを行う際のポイント

●好きなスポーツを無理なく行う
 慣れていないスポーツをすると、筋肉が緊張し、腰痛を悪化させる場合があります。これに対して、慣れているスポーツを行えば運動効果も高まります。

●腰に負担のかかるスポーツはさける
 背骨を伸ばしきって腰を前に突き出す運動やからだをひねったりする運動は、激しい腰痛を引き起こしやすいのでさけたほうが無難です。
 テニスのサーブやバスケットボールの両手シュートを何度も繰り返したり、ゴルフで大振りしたり、中高年になってから初めてバタフライ泳法をしたりすると、腰痛を起こしやすいので危険です。
 安全な運動といわれるウォーキングも、蹴る力の弱い人が歩幅を広くとろうとすると、腹を無理に突き出しがちになるので注意が必要です。

●疲れを感じたらすぐ休む
 背中や腰の筋肉が疲れたら、痛みを感じる前に休憩をとりましょう。
 疲労した筋肉のストレッチやマッサージをしたり、温めたりすると疲労の回復も早くなります。

●からだを鍛えようと思わない
 腰痛は姿勢や運動不足に原因がある場合が多いので、からだを鍛えるつもりでスポーツをすると腰に負担をかけることになりかねません。
 のんびりと楽しむつもりでスポーツをしましょう。

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●できれば正しい技術指導を受ける
 誤った技術でスポーツを行っていると、かえってからだの故障を引き起こします。新たにスポーツを始めるときは、できるだけ技術指導を受けるようにしましょう。

おわりに
 簡単な腰痛体操は、自分の判断で実行できる効果的な腰痛の治療法です。
@腰痛体操を実施してよい腰痛かどうか、医師の判断を聞いてから行う。
A効果が現われるには時間がかかることを認識し、あせらない。
B無理な体操は行わない。
 といったことに注意し、腰痛の治療や予防に役立ててください。

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※森健躬氏(日本大学文理学部体育学科教授)の報告にもとづいて作成しました。

<監修>健康情報調査検討委員会・委員長細谷憲政